歴史を知る

勧修院
第二十二番 勧修院
真言宗智山派
本尊・千手観世音
住所・千葉県南房総市上堀35
電話・0470-36-2679
朝日さす 夕日かがやく この堂へ まいる人こそ 仏なるらん

一対の仁王像に出迎えられて

もともと観音堂は1キロ余り山奥にあるリョウガイ山と称する所にあったといわれる勧修院。宝暦2年(1752)に住僧・栄雅のときに現在地へ移されたと伝えられています。跡地には今も観音堂の痕跡や巡礼路が残っているとのこと。
勧修院と呼ばれるようになったのは元禄の頃。大正12年(1923)の関東大震災により諸堂は全壊し、同14年に旧本堂と庫裏が再建されました。

勧修院

寺宝は、本堂向拝に安置されている木造の仁王像一対。小さくとも個性的な趣きで、参詣者の目をひいています。
境内には光明真言五百万遍供養塔や、女性行者・貞信尼による天明8年(1788)の廻国供養塔などがあります。
石碑に刻まれた、観音堂を意味する「大悲殿」の揮毫は、安房郡大山村出身の真言宗智山派総本山智積院第四十三世住職となった金剛宥性(こんごうゆうしょう)の筆です。

勧修院

龍の天井画のある新観音堂

現在の大悲殿観音堂は平成20年に再建されたもの。緩い勾配と反り具合が調和のとれた、宝形の屋根を特徴としています。
同年4月に行われた落慶式では、古式通りの衣裳に身を包んだお稚児さんが練り歩き、ご詠歌隊のご詠歌奉納などの行事が華やかにとり行われました。

新しい観音堂には行基菩薩の作と伝えられる本尊の千手観音菩薩像、弘法・興教両大師坐像、不動明王立像などが安置されています。
山号の扁額や天井に描かれた龍の図、両界曼荼羅など、いずれも気鋭の作家の手による作品にも注目したいもの。
墓地には漢学者・中村時中や、力士・常盤戸文吉の墓があります。

天井に描かれた龍の図

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