ご詠歌の「ずんといり」とは、真っすぐに奥まで進んでみると、という意味です。昔は、山門に向かって真っすぐな長い参道があり、参拝者はそこをずんと入っていったのでしょう。
現在、この参道の周辺は、住宅(中里地区集落)になっていますが、山門から振り返ると、真っすぐに延びる舗装された地域の生活道路として残っており、当時の風景が見てとれます。
山門をくぐると、正面に大日如来を本尊とする本堂があり、左手に朱色に塗られた観音堂があります。しかし昔は、観音堂は本堂の裏に建っていて、飛錫塚(石塚)はそこにあります。
長い参道を入って山門を抜け、本堂の裏まで進むと観音堂があり、そこに大きな石塚(飛錫塚)があったので、このご詠歌なのです。
本堂の欄間には、初代信由と二代信常との合作である「波と親子龍」の伊八の彫刻(14尺×3尺)があります。保存の状態もよく、初代の作風と二代の彫りを味わうことができます。
昔、伊豆から来た高僧が犬尾崎を訪れたところ、真っ黒な大きな犬が現れ、犬は僧の法衣の裾をくわえて離さず、犬のなすがままに任せて導かれて、大きな石塚(飛錫塚)のあるこの地に到着しました。
すると犬は狂ったように大喜びし、制止することができなくなったので、僧が錫杖を打ち振ったところ、六つの金の輪が飛散し犬の姿も消えていました。
そこで、この地に観音菩薩を奉安するお堂を建てたのが、寺の始まりと言い伝えられています。
飛錫塚の頂上には、平砂浦海岸で見つけられたという珍字石(ちんじいし)が置かれており、この石は竜宮のものと伝えられています。
また、石塚の中途には、享保の時代に一石に一文字経文を書いて一万九千五百個の石を埋めた経塚があり、石書妙経塔が建っています。
犬石という地名をもつこの付近には、犬と石にまつわる伝説が多くあります。そのひとつが犬石青年館に祀られている犬石権現です。
昔、西岬の鉈切神社から一人の僧が犬を連れて洞穴に入ったが、僧は出てこず犬だけがこの地の洞穴から出てきたが、石になってしまったという言い伝えがあります。
金蓮院の近くには、安房神社や小塚大師という歴史ある寺社もあり、言い伝えが数多く残る、古代からの霊場に建つ“古刹”なのです。